うゐの奥山行(22)―ジヌーからランドルクへ2009/01/18 09:34

ランドルクへの山道

ロッジに戻ると、アジア人のトレッカーが独りで食事をしていた。「アンニョンハセヨ」と挨拶してみたら、やはり韓国人だった。ガイドを1人連れた単独行で、英語がペラペラだ(あなたは日本人にしては英語がうまいですね、と誉めてくれた)。これからABCに向かうというので、昨日の朝、ABCから下りるときに大勢の韓国人トレッカーとすれ違った話をすると、「18人のグループでしょ、噂を聞きました」という。なんと彼らは羊を1頭連れていて、さばいて食べるのだそうだ。さすが焼肉の国である(まさか聖域内で殺生はしないだろうが)。彼も目の前のフライド・ポテト(といっても、ゆでたジャガイモを炒めたもの)を眺めながら、「キムチが恋しいなあ」といい、ザックからチューブを出して皿の上に絞りだしたらコチュジャンだった。どこにでも梅干しを持っていく日本人と似ている。真新しい金属製の水筒を見せ、「これにお湯を入れておくと温かいんですよ」という。実はマチュピチュ・トレッキングのときに私も同じことをして具合がよかったので、今回も持参していたのだが、毎晩テジくんがゴムの氷嚢にお湯を入れた“湯たんぽ”を持ってきてくれるので、私の水筒はついにモヘンドラくんに預けたバッグから外に出ることはなかった。「ああいう水筒より、こっちの方がお湯が冷めないんです」とテジくん。私は寝るときも“お姫様”だったのである。

うゐの奥山行(23)―ランドルクにて(前)2009/01/18 10:52

携帯型固定電話

12時30分、ジヌー(1780M)出発。モディ・コーラを渡って、しばらく下り、畑の中の道を上って、丘の上の村ランドルク(1565M)へ。14時50分、ランドルクのホテル・シェルパ着。ランドルクはモディ・コーラの渓谷に向かって開けた比較的大きな村で、ロッジも大きく、たくさんある。ここからは携帯電話も通じるというので、携帯を取り出して電源を入れてみるが、全然だめ。ふと見ると、ロッジの物干しロープに携帯電話が吊る下げられている。そこだけ電波が来ているのだそうだ。これでは携帯というより“固定”電話である。テジくんにビールを頼むと、エベレスト・ビールの大瓶を持ってきた。里が近くなって缶が瓶に変わったのだ。エベレスト・ビールのラベルは、エベレストに初登頂した(エドモンド・ヒラリーではなく)テンジン・ノルゲイ・シェルパが頂上に国旗をたてている有名な写真である(撮ったのは当然のことながらヒラリー)。2人のうちのどちらが真の初登頂者であったか、2人とも鬼籍に入った今となっては確かめるすべはないが、ネパール人の奥ゆかしさを考えると、最後の瞬間、テンジンはゲストであるヒラリーに1歩譲ったはずだと私は確信する。ビールを飲みながらスケッチしていると、先に着いて昼寝していた西洋人の青年2人(あとでフィンランド人とわかる)が起きてきた。彼らの連れているガイドが煙草をふかしながらビールを飲んでいるのを見て、テジくんが「煙草はガイドの仕事に悪いし、子供の頃、酔っ払ったお父さんがお母さんと喧嘩ばかりしていたので、私は飲みません」という。そんな健気な心がけの人に毎日ビールを注がせて悪かったわと(ちょっとだけ)反省する。