山は遠かった(帰る日)―Kathmandu to Incheon2014/01/18 19:13

12月23日、帰る日。7時に起きて荷物を作り、13時にホテルに迎えが来ることになっているので、それまで散歩に出る(仁川便は16時10分発だが、出国手続きが混むことがあるので早めに空港へ行って待機していた方が安全)。
カトマンドゥの魚屋
いつものようにアサン・チョークへ向かう。途中、魚屋を発見(↑)。山の国ネパールで魚は珍しく、私は缶詰のツナを食べたことがあるくらい。売られているのはコイとパーチと呼ばれるスズキの類だと思う。魚屋の先で、足にヒモをつけた鶏が歩いていた。これも売りものらしい(↓)
鶏肉はさらに活きがいい
散歩の目的は香辛料を買うこと。そう思って見てみると、アサン・チョークの角にスパイス屋が4軒並んでいるのを発見(毎年ここに来ているのに今まで気づかなかった)。その中の1軒で、いろんなカレー料理向けにスパイスをブレンドした小袋セットとサフランを買った。サフランは高価なので偽物が多く、以前カンヌの市場で偽物を掴まされたことがあるので、ちょっと心配。
アサン・チョークのスパイス屋
アサン・チョークからダルバール広場へ。広場の入口に入場料徴収所(右下の小屋)があり、ロープを張った先に入ると、すかさず係員が寄ってきて、外国人は入場料750ルピーを払わねばならない(ネパール人は無料)。私が広場に最後に入ったのは2009年で、ちょうどバンダ(ストライキ)で徴収所も閉まり、入場料をとられずにすんだから(ケチ)。
ダルバール広場入口
今年は店先に飾られているマネキンの写真をいっぱい撮った。これはマネキンの顔をハンガーの上にくっつけた“半分マネキンハンガー”(↓)。
半分(マネキン)ハンガー
散歩を終え、スーツケースをロビーに降ろして重さを量ったら19.7キロだった。13時にヒマラヤン・アクティヴィティーズのラグーさんと春日山さんが二人揃ってホテルに来てくれる。去年、体調を崩して心配をかけたので、気を遣わせてしまったようだ。改めてお礼を言う。
出発ロビーでお弁当を売っていた
ラグーさんの車で空港へ。チェックインを済ませ、2階の待合室のテレビ(相変わらず液晶が一部壊れている)で浅野忠信が出ている『バトルシップ』を見て時間を潰してから中へ。ゲート内に2年前(2011年)に出来た売店で、なんとお弁当を発見(↑)。カレーとチョウメンがあり、待合室のカフェで売っていたサンドイッチより安くて美味しそう。
出稼ぎに行く青年たち
韓国はネパール人に労働ビザを出しているので、仁川便には韓国に出稼ぎに行くネパール人が多い。私の隣もそんな青年と娘さんだった。娘さん(可愛い)は飛行機に乗るのが初めてらしく、ベルトの閉め方がわからないようだった(もちろん、おばさんが優しく教えてあげましたさ)。そのうち、初対面らしい青年と仲良く話を始めたので一安心。これから異国で働く二人の幸運(と、去年から韓国で働いているテジくんの幸運)を祈った。
さよならエベレスト
仁川便はほぼ満席で、窓側の席がとれなかったため、ベルト着用のサインが消えたらすぐ後部座席へ行き、最後に(お約束の)エベレストを撮影(↑)
仁川のトランジットホテルの部屋
翌24日深夜1時10分すぎ、無事仁川空港に着陸、再びトランジットホテルにチェックイン。帰りは窓のある部屋だった(窓の下はチェックイン・カウンターのあるフロア)。改めて本当に熱いシャワーを浴びてホッとした。
仁川空港のエビ天うどん
12月24日朝8時30分にホテルをチェックアウト。空港のフードコートでエビ天うどん(味はいまいちだが、ゲート前のファストフード店よりマシ)を食べ(↑)、10時10分発の飛行機で成田に戻った。

山は遠かった(予備日)―Kathmandu2014/01/18 19:01

引き続き12月21日、記念写真を撮った後、ラジューくんとゴレくんにお礼を(凍結路でお世話になったので、チップは多めに)して別れ、ホテルのフロントに荷物を預けて街に出た。ヒマラヤン・アクティヴィティーズのオフィスは休み(土曜)なので、とりあえずは昼食をと、いろいろ迷った末に、桃太郎に行き、カツ丼でビールを飲んだ(↓)トレッキング中は、タンパク質といえばミルクかチーズか卵くらいしかなかったので肉に飢えていたのだ。
桃太郎のカツ丼とビール
ホテルに戻って、鏡を見たら、ギョッとするくらい日に焼けていた(いつものことだが)。お湯が出るのは夕方というので、それまで土産物屋を物色しに行き、ホテルに戻って2週間ぶりにお風呂に入った。やれやれ。
アサン・チョークで岩塩を買う
12月22日予備日。6時に腕時計のアラームで目覚める(止めるのを忘れていた)。ホテルの食堂で朝食をとり、散歩へ。いつものようにタメルを南下し、アサン・チョークへ行く途中、香辛料を売っている店を見つけ、岩塩を買う(↑)写真の右にあるのが岩塩で、白と、ピンクと、黒があって、全部同じ値段。好きなのを選んで受け皿に載せると、おばさんが測ってくれる。去年ビッグ・マートで買ったより、はるかに安い(1Kg150ルピー)。うっかり値切るのを忘れてしまったが、東京に帰って測ったら、おまけしてくれていた。やっぱり地元の店で買うに限る。アンナプルナ寺院まで来て、インドラ・チョークへ抜ける道に入ると道の補修工事中だった(↓)。カトマンドゥはあちこち工事中である。
インドラ・チョークから北上し、ヒマラヤン・アクティヴィティーズのオフィスに寄って、春日山さんに今回の報告をし、お礼を言う。春日山さんの話では、12月18日から天候不順でルクラ便が全然飛んでないそう。18日といえばゴサインクンドからゴプテへ降りた日で、やっぱりなと腑に落ちた。12月にこんな天候不順が続くのは珍しい(この日、22日に一部飛んだだけで、再び28日までの11日間全便欠航になった)。おかげで、トレッキングは思ったよりずっとハードになったが、ラジューくん、ゴレくんのおかげで、山歩きの楽しさを再認識したし、自信もついたので、次回はスリーパスに挑戦し、前回のリベンジをすると宣言(宣言だけなら自由だもんね)。
市場も道の補修中

さて、今年はたっぷり時間があるので、ボウダナートまで歩いてみることにし、トリデヴィ・マルグのネイチャー・ニットの前にさしかかったら、なんとバーゲン中。つい素通りできず、つい店内に入り、ついカシミヤのカーディガンを買ってしまった(50%引きだもの)。気を取り直して王宮前の道をどんどん東へ歩いていくと、木彫り職人の店が何軒も並んでいるところにさしかかった。職人さんの働いているところを見ていて、なんとなく「友だちのうちはどこ?」のおじいさんを思い出す(↓)
木彫り職人の店
ドビ・コーラを渡ったところにヒンドゥー教の祠があり、猫がたくさんいるのだが(去年ここまで来た)、今年の猫たちは猫用スツール(?)で和んでいた。近所の人の飼い猫だろうか?
猫用スツール
リングロードに出て北上し、チャベルを右折、ボウダナートへの道に入って少し行くと映画館があり、休日なのか、チベット仏教の少年僧たちが楽しそうに群れていた。彼らが見ようとしているのは封切られたばかりのボリウッドのアクション映画だ。
修行僧も映画が好き
リングロードの交差点から10分ほどでボウダナート着(タメルから歩いて1時間15分くらい)。ゲートで入場料を払って中へ(↓)
ボウダナートのストゥーパ
マニ車を回しながらストゥーパを1周していると、なんと、ここでも補修工事中だった(↓)
ボウダナートも補修中
帰路、昨日タクシーで帰るときに見つけたショッピングモールに寄って1階のスーパーに入ってみた。入口でガードマンにバッグを預け(ロッカーに入れて鍵をかけてくれる)、財布だけ持って中に入る方式だ。スーパーは品物が豊富だし、何でも手にとって見られるから便利。とはいえ、たびたび停電で店内が真っ暗になるのがカトマンドゥらしい(ヘッドランプを持ってくるべきだった)。インドのスナック菓子などを買い、また歩いてタメルに戻って、ギリンチェでソーセージをつまみにビールを飲んだ。この時間は仕事帰りにちょっと寄るという地元の客が多く、座っていると地元の人間になったような気分になる。
やっぱりギリンチェでビール
夜は、かの有名なラム・ドゥードゥルに行くべきか悩んだあげく、温かいものが食べたくなって、韓国料理店ハンコック・サランへ行き(豆腐チゲがなかったので)プルコギで焼酎のお湯割りを飲んだ。ロキシーを頼んだら品切れで、韓国製の焼酎にしたのだが、値段が高くてびっくり(プルコギよりもずっと高かった)。
最後の夕食はプルコギ
プルコギは肉がたっぷりあるし、キムチ、大根ナマス、ほうれん草のナムルなどの小皿と、サンチュと薬味、味噌汁、ご飯がついて550ルピーだった。

山は遠かった(Day12)―Chisopani to Kathmandu2014/01/18 12:58

12月21日、トレッキング最終日。朝は薄雲がかかり、名にし負うヒマラヤの眺めもいまいちだ。今日はスンダリジャル(1460m)まで700mほど下り、タクシーに乗れば昼過ぎにはカトマンドゥのホテルに着いてしまう。昨夜は夜遅くまで音楽が聞こえ、山の中というより、都会の近さを感じた。
チソパニからの眺め
いつものように朝6時に起きて荷物を作り、7時半にチベッタンブレッドとハチミツ、ブラックティーの朝食(↓)。チソパニのチベッタンブレッドは焼いたものでなく揚げたもの。
チソパニの揚げたチベッタンブレッド
8時に出発。村を出るとすぐチェックポストがある。チソパニからボラン・バンジャン(2440m)まで、まだ300mほどの登りが残っている。道は広く、歩きやすいが登りは登りだ。
チソパニのチェックポスト
ともあれ、30分ほどで峠の見晴台に着き、最後にドルジェ・ラクパの連山を眺める。晴れてはいるが、残念ながら、あまりすっきり見えなかった(↓)
ドルジェ・ラクパ最後の眺め
その後は、ずっと下り。シヴァプリ国立公園内なので道は整備されているし、石で舗装されている箇所も多い。チソパニの先から一緒になった地元の人たちは道を舗装する仕事に行く人たちだった。彼らとはここ(↓)でお別れ。
国立公園内で、道を補修中
さらに、どんどん下る。スンダリジャルの手前1時間ほどは、村の中を抜ける石かコンクリート造りの階段をひたすら下っていく。けれども階段とはいえ段差が大きいので、かなり膝に来る。時折、登ってくるトレッカーにすれ違うが、みな息を切らしている。確かに、ここを登るのは大変だ。10時40分、ついに貯水池が見えてくる(↓)
スンダリジャルの貯水池が見えてくる
スンダリジャルには小さなダムでせき止めた貯水池があり、カトマンドゥへ水を供給している。カトマンドゥから日帰りで遊びに来られる保養地でもあり、今日は土曜日(ネパールは日曜でなく土曜が休日)なので、学生を始め、大勢の人が来て、河原でバーベキューや川遊びをしたりして楽しんでいた。公園入口まで下り、シヴァプリ国立公園の管理事務所で許可証のチェックを受ける(↓)ちなみに入園料は外国人250ルピー、ネパール人10ルピーである。
国立公園入口
バス停を目指して、さらに下る。道の横にカトマンドゥへ飲料水を供給するための水道管が走っている。この森を出るとレストランや茶店が並ぶ通りになり、その先にバスの発着所がある。
カトマンドゥへ水を引く
11時すぎ、発着所横の茶店でミルクティーを飲み、タクシーが見つからなかったので、バスで途中まで行くことになる(↓)学校が休みだからなのか車掌は小学生で、運転手の息子らしかった。始発なので座れたが、次第に混み始め、最後には立錐の余地のないほど、ぎゅう詰めに。
バスでカトマンドゥへ
ボウダナートの少し手前(たぶんジョルパティ)でタクシーに乗り換え、一路タメルへ。12時30分、ホテル・ホーリー・ヒマラヤ着。これで今回のトレッキングはすべて終了、通りかかったホテルの泊まり客に、最後の記念写真を撮ってもらった。
ホテルの前で記念写真

山は遠かった(Day11)―Khutumsang to Chisopani2014/01/14 12:10

12月20日、目覚めたときに気になって窓の外を見たら、霧で何も見えなかった。今日は峠越えを含めてチソパニまで約7時間の行程。6時起床、7時にポテトオムレツとミルクティーで朝食、7時半すぎに出発。その頃には雲が切れ、ドルジェ・ラクパを含む連山が微かに見えた(↓)
ドルジェ・ラクパの微かな眺め
道には昨日降った雪が残っていたが、高度が低いので、もう半分以上は溶けているし、道は緩んでいる(↓)。
霜は残るも緩んだ道
8時45分、昨日泊まる予定だったグル・バンジャンを通過(↓)
クトゥムサン(2450m)からグル・バンジャン(2140m)までは緩やかな下りで、問題なく歩けるのだが、危なそうなところになると、すかさずゴレくんが手を貸してくれる。2日間、滑りに滑ったので、すっかり信用をなくしてしまった。
グル・バンジャンが見えてくる
グル・バンジャンから再び登りになり、トトン(2260m)とラプチュ(2420m)という2つの峠を越える。
トトンが見えてくる
10時10分すぎ。ラプチュ・ダンダから行く手を見下ろしたところ(↓)
ラプチュ・ダンダから行く手を見下ろす
40分ほど下るとチプリンが見えてくる(↓)
チプリン着
10時50分、チプリン(2170m)のラマ・ゲストハウスで昼食。ゲスト用の食堂は別棟の素敵なサンルームだ(↓)。ヴェジ・ヌードルスープとブラックティーで昼食。天気が持ち直してきた。
チプリンのロッジの食堂(離れ)
チプリンを出て、急な坂を下るとバスが停まっていた(↓)カトマンドゥとの間を走るバスで、カトマンドゥまで5、6時間かかる。
カトマンドゥ行きのバス
村を出て車道を歩く。道は広いし、凍結してないし、平坦なので、いつもの調子が戻ってきて、前を行く地元の女性(美人かどうかは不明)を追い越す(↓)。ただし、歩いているうちに汗で足がむくみ、また痛くなってきた。このルートは、夏は暑くて歩けないとラジューくんは言う。確かに。
車道を行く
車道から再び山道に入る。雨季の間に降った雨で深く溝がえぐれた道をどんどん登っていくと、丘の上で再び車道に合流する。そこから下ってきたルートを眺めたところ(↓)ゴサインクンドの峠はずっと左の方で、この写真では見えない。
丘の上で、来た道を振り返る
14時20分、チソパニ(2140m)のドルジェ・ラクパ・ホテル&ロッジ着(↓)4階建ての立派なロッジだ。
チソパニのラマ・ドルジェ・ラクパ・ホテル
私の部屋は3階の角部屋(↓)シャワー&トイレ付だが、お湯がなかなか熱くならないし、トレッキングの最後に油断してシャワーを浴びて風邪を引くというのがいつものパターンなので、髪を洗いたいのは山々だが、シャワーはやめておく。どうせ明日になればカトマンドゥのホテルでお風呂に入れるのだ。
まだ陽があるのでトレッキングシューズや靴下を干し、食堂に降りていくと、ラジューくんがさっぱりした顔で現れ、“髪を洗ったけど、お湯が熱くなかった”というので、“何しろここはチソパニだからね”と言ったら、びっくりしていた。チソパニとは“冷たい水”という意味だと彼に教えてもらったばかりなのだ。
ロッジの部屋(トイレ&シャワー付)
ロッジには日本人の女性2人組がいて、ガイドからネパール語を習っていた。スイス人グループが現れないので不思議に思っていたら、彼らは隣のロッジに泊まったそう。彼らのガイドが、自分のゲストは若くて体格がいいのに、私が歳のわりに足が速く、なかなか追い越せないと言っていたとラジューくん。“なぜ彼が私の歳を知ってるの?”と聞くと、“僕が話しました”。そういえばクトゥムサンのロッジでストーブにあたりながら二人で何やら話していたが、あの時か。クソ。口の軽い奴め。
これがトレッキング最後の夜なので、ラジューくん、ゴレくんとビールを飲みながら話をした。ラジューくんは24歳、生まれはインドだが、クーンブ地方(ルクラのそば)で育ち、14歳からおじさんに連れられて山登りを始めたそう。夢は8000m峰に登ることと言う。以前はアメリカ人やドイツ人がよく利用する会社でガイドをしていたので、英語が上手い。今回、彼との会話はすべて英語を使った。ゴレくんは21歳で、このトレッキングを最後に来月からマレーシアに出稼ぎに行くそう。ネパールの青年は真面目で働き者だし、彼は小柄ながらポーターをするくらい体が強いけれど、それでも異国の生活は大変だ。まるで母親のような気持ちになって前途の幸運を祈った。

山は遠かった(Day10)―Gopte to Khutumsang2014/01/13 20:31

12月19日。今日の予定はゴプテ(3440m)からタレパティ(3640m)まで登り、そこからグル・バンジャン(2140m)へ下る、登り540m、下り1650mと昨日よりさらに長く、タフなコース。というわけで、いつもより30分早い出発予定だったが、疲れが出たのか、うっかり寝過ごし、予定より15分ほど遅れて7時45分すぎに出発した。ちなみに朝食はチベッタンブレッドとハチミツ、ブラックティーにしたが、チベッタンブレッドが粘土のようで残してしまった。昨夜、夕食に食べたシャクパ・スープも含め、ここの食事はあまり感心しなかった。ロンリー・プラネットが“元気があるなら、ここに泊まらず、タレパティまで行った方がいい”と勧めるのもむべなるかな、である。ともあれ、ゴプテの朝の天気はこんな感じ(↓)雲は多いが晴れそうな気配なきにしもあらず―
ゴプテの朝
―だが、後ろを振り向くと、背後の山は、一晩で真っ白に凍っていた(↓)
ロッジの裏は真っ白
というわけで、今日もゴレくんの手を借りながら凍結路を歩く。最初は緩んだところもあって大丈夫そうな気もしたが、陰に入るとばっちり凍っている。ロンリー・プラネットで90分(地球の歩き方では2時間)のところを3時間かかって、10時35分頃やっとタレパティ着(↓)あまりに時間が掛かったので、いつも私たちより30分ほど遅れて出発するスイス人グループに追いつかれてしまった。
やっとタレパティ
タレパティのロッジで、お茶を飲んで暖をとり、再び出発。さらに凍結路をつるつる滑りながら、13時30分頃、マギン・ゴート(3285m)のホテル・グリーン・ヴュー&ロッジ着(↓)名前にホテルとロッジが併記されているのは、ネパールではホテルが主に食事をするところ、ロッジが主に泊まるところを意味するからだそう。晴れていれば、ここからタレ・ダンダの峰がよく見えるビューポイントだそうだが、もちろん曇っていて何も見えない。
マギン・ゴートのロッジ
昼食に食べたポテト・オムレツ(↓)
昼食のポテト・オムレツ

ロッジの外に“クトゥムサンへ2時間30分”の標識が立っている。左方へ、崖のようにすとんと落ちている道を行くのだが、普通に歩いて2時間半なら、凍結路だと何時間かかるんだろうと暗い気持ちになる。
クトゥムサンへ2時間30分の標識
14時30分マギン・ゴートを出発。すでに予定を大幅に遅れており、グル・バンジャンまで行くのは無理なので、今日は手前のクトゥムサン(2470m)で泊まることになる。崖のような急坂(しかも凍結)をひたすら下っていく。
クトゥムサンの村に着く
16時20分、クトゥムサンの村に着く頃、ちらほら霰が降り始める(↑)。クトゥムサンのチェックポスト(↓)2階が事務所らしい。係官も寒そうだ。
クトゥムサンのチェックポスト
16時35分、マウンテン・ビュー・ホテル着(↓)
マウンテン・ビュー・ロッジ
南向きのツインの部屋をもらう(↓)
ロッジの部屋
しばらくするとスイス人グループが到着。前の日から泊まっていた南アフリカの家族3人もいて賑やかに。ただし、ロッジにはご主人しかおらず、ラジューくんとゴレくんが夕食の調理を手伝っていた。(二人が作った)ヴェジ・フライドライスとガーリックスープで夕食。南アの家族は父親がベルギー人、母親がオランダ人で、20歳くらいの娘さんがいる。ヘランブー・サーキットをする予定で来たが、天気も悪いし、日数もないので、行けるところまで行ったら帰ると、のんびりしている。着いたときは霰だったが、夜半から雨に変わり、雨の音を聞きながら寝た。