ルンビニ巡礼―クダンへ2009/12/19 09:00

仏教遺跡にシヴァリンガ

12月19日7時少し前に起床。ホテルの周りは一面の霧である。ルンビニはインド国境に近いのに朝晩はかなり冷え込む。太陽が昇り、気温が上がると、霧も徐々に消え、日中はかなり暑くなるのだが。7時30分にトーストと紅茶で朝食。チーズを頼んだら、チーズがなくてジャムになった。今日は近郊の仏教遺跡を見に行くことにして、昨日、ホテルのマネージャーに車の手配を頼んでおいた。8時出発と決めたのだが、「寒いから」と9時になる。運転手は昨日迎えに来てくれたのとは別の青年だ。9時にホテルを出発。カピラバストゥ県の県庁所在地タウリハワを経てクダンへ。タウリハワの手前から道の舗装が怪しくなり、ついに無舗装の道となる。トレッキングの後だから驚かないけど、すごい埃が巻き上がる。10時頃にクダン着。野原の中に煉瓦作りの遺跡が散在している。その中の一つに上ってみると、中央にシヴァリンガがある。仏教遺跡なのになぜ? おそらく、仏教寺院を壊したか改築したで、ヒンドゥー教の寺院と化したのだろう。辺りには人家もなく、静かで、山羊を放牧に来た少女と、学校をサボった(?)子供たちが遊んでいた。(この日は土曜日で学校は休みだった。)

ルンビニ巡礼―カピラバストゥ城跡2009/12/19 10:00

カピラバストゥ城の東門跡

クダンから20分ほどでティラウラコット着。シャカ族の王子ゴータマ・シッダールタが出家するまで住んでいたカピラバストゥ城跡と推定されている遺跡である。実はインドにもカピラバストゥ城跡といわれる遺跡があり、仏舎利を納めた壺が発見されていて(本物の仏陀の骨がどうか、どうやって鑑定したかは不明)、どっちが本家か、論争になっているそうだ。ともあれ、ティラウラコットは1967年に日本の立正大学の発掘調査で発見された。今は周囲を柵で囲まれた、遺跡公園のようになっている。出家を決意したシッダールタが、そこから城を出ていったといわれる東門跡を見つけ、腰掛けてスケッチしていると、いつの間にか20人近い子供に囲まれ、スケッチを批評される。

ルンビニ巡礼―ニグリサーガル2009/12/19 11:10

2本目の石柱

ティラウラコットから、さらに20分ほどでニグリサーガル着。ここは仏陀以前の7仏のうちの第5仏、カナカムニ仏の生誕の地といわれている。ということで、ここにもアショーカ王がちゃんと石柱を立てていた。畑の中の小屋に、今は根本から折れた石柱が横たわっていた。

ルンビニ巡礼―2本目の石柱2009/12/19 11:28

これも古代ブラフミー文字?

掲示板には、紀元前249年にアショーカ王がこの地を訪れ、この石柱を立てたと書かれている。刻まれている碑文の内容は、「神に愛されしピヤダシー王は、即位14年にカナカムニ仏のストゥーパを2倍にされ、即位20年にこの地に自ら行幸され、参拝され、(この)石柱を立てられた」。この文字も古代ブラフミー文字らしいのだが、聖園の石柱の文字とは、ちょっと違うような気がする。書体の差?

ルンビニ巡礼―カナカムニ仏2009/12/19 11:49

これもレプリカ

石柱のある小屋から少し離れたところに祠があって、中にカナカムニ仏の像が安置されていた。石の台座にぴったりと固定されている仏像は、全体に黒っぽく、石を彫って作ったものにしては角がのっぺりしているし、体のところどころに残っている金色も、金箔をつけた痕なのか、それとも剥がれた痕なのか、よくわからない。ふと、仏像の説明に目がとまり、この像もまたレプリカであることがわかった。