ルンビニ巡礼―再び聖園へ ― 2009/12/19 15:30
12時半にホテルに戻り、昼食をとって部屋で休む。持ってきた本を読んだりしていたが、せっかくルンビニにいるんだからと、最後にもう一度聖園に出掛けることに。インフォメーションセンターで入場料とカメラの使用料を払おうとして1000ルピー札しかないことに気づいた。窓口には70歳近いと思われるお爺さんとおばさんがいて、おばさんがお金を受けとる係、お爺さんがチケットを渡す係に分かれている。1000ルピー札を見て、おばさんに「細かいお金は?」と言われるが、「これしかない」と言うと、やれやれといった感じで立ち上がり、奥の金庫のような箱を開けてお釣りを持ってきた。どうやら受け取ったお金は直ちに箱の中に仕舞われるようだ。用心深いというか、何というか、そこに博物館の切符係のお姐さんの姿を見た気がした。サナサで道路補修の寄付を募っていたおじさんと同じ方式で、おそらく聖園のすべての収入は、いったんこの人たち(ルンビニ開発公団)の懐に入り、必要経費(生活費含む)を引いた残りが整備の費用に充てられているのかもしれない。
ルンビニ巡礼―巡礼の団体到着 ― 2009/12/19 16:43
聖園の中をぶらぶら歩き、マーヤー聖堂の裏にあるプスカリニ池の縁に腰掛けて、スケッチを始める。近くで遊んでいた少女たちがやって来て、私の背後からスケッチを覗くと、「グッド、グッド」と誉めてくれた。煉瓦の堤で四角く囲まれたプスカリニ池は、仏陀が産湯を使ったところとされているが、堤は1939年に作られたものだから、真偽のほどはわからない。池のほとりに大きな菩提樹があって、昨日も今日も僧侶が座禅を組んでいた。しばらくして、黄茶色の法衣を来た僧侶たちに連れられて、東南アジア人と思われる30人ほどの団体が現れ、すぐそばの菩提樹の下に座り込んだ。おばさんが2人、プスカリニ池の縁に降りて、緑色に濁った水を小さな瓶に汲んでいる。あれをふりかけられたら病気になる人がいるかもしれない。一人の僧侶が拡声器を使って説明を始めた。人もいないし、騒音などないから、拡声器がなくても声は通ると思うが、それが習慣なのだろう。スケッチも終わったことだし、うるさいので退散することにし、石柱の方へ戻ると、今度は赤茶色の僧侶に率いられた別の東南アジア人の団体が現れ、(菩提樹の下は先客に占領されていたので)石柱の前に座り込むと、一人の僧侶が拡声器で説明を始めた。
ルンビニ巡礼―再見 ― 2009/12/19 17:19
少し離れたところに聖園全体を見渡せるベンチがあったので、そこに座って夕暮れの光景を眺める。遠くで2つの団体がそれぞれの国の言葉でお経をあげている。太陽が西に傾き、辺りが静寂に包まれていく。やがて、お経を終えた僧侶たちが、石柱の前で互いの記念写真を撮り始めた。いい機会なので、私も行って僧侶の青年にカメラを渡し、記念写真を撮ってもらう。閉園ぎりぎりまで残っていようと思ったが、ホテルまで少し距離があるので、暗くなる前に帰ることにする。聖園の入口で、2日通って顔を覚えてくれた警備員のおじさんが「カム・アゲイン」と言ってくれた。
ルンビニ巡礼―大事件発生 ― 2009/12/19 17:47
ホテルに戻って、マネージャー氏に明朝、空港へ送ってもらう車の時間を確認すると、なんと、「明日から3日間ゼネストなので車は出せない、リクショーで行ってもらうことになる」という。えー、車も運転手もホテルのものなのに、出せないって、なぜ? 夜、心配したヒマラヤン・アクティビティーズの春日山さんから電話がある。カトマンズもストで車が動かないが、空港からはツーリスト用のシャトルが出ているはず、とのこと。実は、今回は荷物が軽いので、空港からタメルまで歩いてみるつもりで、そのために地図も用意してきたのたが、さて。(カトマンズに着いてから、ネパールのゼネストの凄さを実感することになる。)明日の飛行機は9時50分バイラワ発なので、8時30分にホテルを出れば十分間に合うと思っていたが、リクショーなので早めにということで、なんと6時出発と決まる。いったいどうなるのだろう。明日はいいとして、明後日は? ともあれ、明日はルンビニ→バイラワ間、路線バスで1時間かかる道のりをリクショーで走るという、おそらくは生涯最長のリクショー体験だ。