チョラパス越えて(26)―ルクラ2011/01/28 11:11


ヒマラヤ名物アップルパイ
12月24日7時起床。ロッジの先客は30代のアメリカ人の女性2人組と彼女達のガイドとポーター。ゲストの2人は、いかにも垢抜けた都会人で、どういう素性の人か興味を惹いたが、2人で2人の世界を作り上げていたし、こちらも気分が悪かったので、まったく話をしなかった。7時45分に朝食のオレンジジュースを飲む。昨夜、夕食としてマンゴージュースを飲んだので、朝は別の味にしてみたのだ。そして、食欲のないとき恒例のテジくんと私による“食べる”“食べない”漫才が繰り返された後、昨日まる1日ジュース1杯だった私が折れて、ジャム・トーストを注文。だがパンが切れていて、アップルパイとなる。これまでガイドブックなどで“どこそこのアップルパイが美味しい”という記述を何度か目にした、そのヒマラヤ名物アップルパイとの初対面だ。見た目も味も日本でよく目にするアメリカ風のアップルパイとは全然違い、中のフィリングが生っぽく、ほんのり甘くて、とても美味しかった(が、食べた後に飲んだ薬ともども、トレッキングの途中でまた全部吐いてしまった)。
あの丘の上がルクラだ
9時少し前に出発。パクディンからルクラへは高度差200Mちょっとの緩い登りだが、EBC往復で体力をすべて使い果たした後、エネルギーの自転車操業状態になっている体は、昨日摂取した全栄養分(ジュース1杯と黒糖1片)程度では、なかなか動いてくれない。むすっとした顔で、20M歩いては休み、歩いては休みを繰り返す。エネルギー切れを起こした両脚の筋肉が1歩ごとに悲鳴を上げ、ゴーキョ・リに登った日を“人生で最高に疲れた日”だと思ったのは、まだまだ甘かったと反省する。
ルクラの門
11時30分、ルクラのナマステ・ロッジ着。ロッジの食堂によろよろ入っていくと、カトマンズから着いたばかりの日本人が休憩していた。60代の女性2人組、70代の男性2人組、それに40代くらいの単独行の男性1人の合計5人で、男性2人組についているガイドは、テジくんと同じヒマラヤン・アクティビティーズ所属で、カトマンズのオフィスでチョラパス越えのアドバイスをしてくれた人だった。

最後のスプライト

部屋に荷物を置いて食堂に戻ってみると、男性2人組の1人が、「チョラパスへ行ってきたんだってね」と声をかけてきた。どうやら私が席をたっている間、テジくんが何やら吹聴したようだ。“クソ、おしゃべりな奴”と思ったが、私があまりにヘロヘロだったので、ガイドとしてゲストの名誉挽回に努めてくれたのかもしれない。トレッキングに出発していく5人を見送って、少しするとミンマールくんが戻ってきた。実は今日ゲストが着くことを知っていたテジくんが、もしやポーターの仕事があるかもと、今朝彼だけ先に行かせていたのだ。が、着いてみたらポーターは既に決まっていて、飛行場まで仕事探しに出かけてみたがダメだったという。残念だが、ここでミンマールくんとはお別れ。少し多めにチップを渡し、これまでのお礼を言う。