山は遠かった(Day11)―Khutumsang to Chisopani2014/01/14 12:10

12月20日、目覚めたときに気になって窓の外を見たら、霧で何も見えなかった。今日は峠越えを含めてチソパニまで約7時間の行程。6時起床、7時にポテトオムレツとミルクティーで朝食、7時半すぎに出発。その頃には雲が切れ、ドルジェ・ラクパを含む連山が微かに見えた(↓)
ドルジェ・ラクパの微かな眺め
道には昨日降った雪が残っていたが、高度が低いので、もう半分以上は溶けているし、道は緩んでいる(↓)。
霜は残るも緩んだ道
8時45分、昨日泊まる予定だったグル・バンジャンを通過(↓)
クトゥムサン(2450m)からグル・バンジャン(2140m)までは緩やかな下りで、問題なく歩けるのだが、危なそうなところになると、すかさずゴレくんが手を貸してくれる。2日間、滑りに滑ったので、すっかり信用をなくしてしまった。
グル・バンジャンが見えてくる
グル・バンジャンから再び登りになり、トトン(2260m)とラプチュ(2420m)という2つの峠を越える。
トトンが見えてくる
10時10分すぎ。ラプチュ・ダンダから行く手を見下ろしたところ(↓)
ラプチュ・ダンダから行く手を見下ろす
40分ほど下るとチプリンが見えてくる(↓)
チプリン着
10時50分、チプリン(2170m)のラマ・ゲストハウスで昼食。ゲスト用の食堂は別棟の素敵なサンルームだ(↓)。ヴェジ・ヌードルスープとブラックティーで昼食。天気が持ち直してきた。
チプリンのロッジの食堂(離れ)
チプリンを出て、急な坂を下るとバスが停まっていた(↓)カトマンドゥとの間を走るバスで、カトマンドゥまで5、6時間かかる。
カトマンドゥ行きのバス
村を出て車道を歩く。道は広いし、凍結してないし、平坦なので、いつもの調子が戻ってきて、前を行く地元の女性(美人かどうかは不明)を追い越す(↓)。ただし、歩いているうちに汗で足がむくみ、また痛くなってきた。このルートは、夏は暑くて歩けないとラジューくんは言う。確かに。
車道を行く
車道から再び山道に入る。雨季の間に降った雨で深く溝がえぐれた道をどんどん登っていくと、丘の上で再び車道に合流する。そこから下ってきたルートを眺めたところ(↓)ゴサインクンドの峠はずっと左の方で、この写真では見えない。
丘の上で、来た道を振り返る
14時20分、チソパニ(2140m)のドルジェ・ラクパ・ホテル&ロッジ着(↓)4階建ての立派なロッジだ。
チソパニのラマ・ドルジェ・ラクパ・ホテル
私の部屋は3階の角部屋(↓)シャワー&トイレ付だが、お湯がなかなか熱くならないし、トレッキングの最後に油断してシャワーを浴びて風邪を引くというのがいつものパターンなので、髪を洗いたいのは山々だが、シャワーはやめておく。どうせ明日になればカトマンドゥのホテルでお風呂に入れるのだ。
まだ陽があるのでトレッキングシューズや靴下を干し、食堂に降りていくと、ラジューくんがさっぱりした顔で現れ、“髪を洗ったけど、お湯が熱くなかった”というので、“何しろここはチソパニだからね”と言ったら、びっくりしていた。チソパニとは“冷たい水”という意味だと彼に教えてもらったばかりなのだ。
ロッジの部屋(トイレ&シャワー付)
ロッジには日本人の女性2人組がいて、ガイドからネパール語を習っていた。スイス人グループが現れないので不思議に思っていたら、彼らは隣のロッジに泊まったそう。彼らのガイドが、自分のゲストは若くて体格がいいのに、私が歳のわりに足が速く、なかなか追い越せないと言っていたとラジューくん。“なぜ彼が私の歳を知ってるの?”と聞くと、“僕が話しました”。そういえばクトゥムサンのロッジでストーブにあたりながら二人で何やら話していたが、あの時か。クソ。口の軽い奴め。
これがトレッキング最後の夜なので、ラジューくん、ゴレくんとビールを飲みながら話をした。ラジューくんは24歳、生まれはインドだが、クーンブ地方(ルクラのそば)で育ち、14歳からおじさんに連れられて山登りを始めたそう。夢は8000m峰に登ることと言う。以前はアメリカ人やドイツ人がよく利用する会社でガイドをしていたので、英語が上手い。今回、彼との会話はすべて英語を使った。ゴレくんは21歳で、このトレッキングを最後に来月からマレーシアに出稼ぎに行くそう。ネパールの青年は真面目で働き者だし、彼は小柄ながらポーターをするくらい体が強いけれど、それでも異国の生活は大変だ。まるで母親のような気持ちになって前途の幸運を祈った。