再びのランタン・ゴサインクンド Day3 ランタン2018/03/30 11:34

12月12日5時すぎに目覚め、パッキング。昨日、ボテコシを渡ったところで手袋を落としていたことに気づく。2組持ってきたので心配はないが、気に入ってた方を落としたのでショック。チャパティと蜂蜜、ホットレモンとブラックティーで朝食。8時ちょっと前に出発。
ランタン・コーラ土砂崩れの始まり
歩き始めるとすぐに2年前の地震の爪痕が見えてくる。前はゴラタベラあたりまでは森の中の道だったはずだが、ところどころ崖が崩れ、石がゴロゴロする歩きにくいルートになっていた。
ランタン・リルン
しばらくして高度があがると、ランタン連山が見えてくるのは昔と同じだ。
ドイツの援助で出来た新しい端
おや、こんなところに橋が。以前はランタン・コーラに橋が掛かっていたという記憶がないのだが。下流の方ではブルドーザーが入っていたし、この辺まで車が通るような道ができるのだろうか。
崖崩れの上の新しいルート
森の中の道は、崖崩れのために、こんな風な道に変わっていた(↑)。11時にゴラ・タベラで昼食休憩。食欲がなく、チキンスープだけ。全然ペースがあがらず、のろのろ歩いている私を心配したのか、2時頃、タンシャップのロッジでティーブレイクになる(↓)。昨日、リムチェの登りで苦労していたマレーシア青年グループのうちの1人が、具合が悪いのでここで停滞し、他の3人が戻るのを待つという。
タンシャップのロッジ
タンシャップを出て、しばらく行くと、ランタンが見えてくる。が、かつてはあった村が、今は真っ白な砂原に変わっていた。
流された跡のランタン
土砂崩れと聞いていたので、崖から土砂が流れてきて村が埋まったとイメージしていたが、実は、村の立っていた地面ごと流されていったということが理解できた。かつてはロッジが沢山立っていたところがえぐれて、まるで氷河のモレーンのようだ。足下の悪いアップダウンが予想以上にきつい。
まるでモレーン
モレーンの淵を上がりきると、助かった村の一部が見えてきた。
残ったランタン村
16時10分、マリゴールド・ゲストハウスに投宿。
マリゴールド・ゲストハウス
18時30分、ベジモモとハニーレモンで夕食。相変わらず食欲がなく、モモ2個だけ食べて残してしまう。スンくんが持ってきてくれた柘榴を食べる。

再びのランタン・ゴサインクンド Day4 キャンジン・ゴンパ2018/03/30 12:14

12月13日晴れ
5時45分起きてパッキング。7時、チャパティ+蜂蜜で朝食。マレーシア青年3人は、これからキャンジン・ゴンパまで行って、仲間が待っているゴラ・タベラまで引き返すので、ここでお別れ。キャンジン・リまで登るというから結構強行スケジュールだ。
8時ちょっと前に出発。今日は地球の歩き方では4時間、ロンリー・プラネットでは2時間半の設定の400m足らずの緩い上りだ。
ランタン村
歩き始めてみると、2日間、食欲がなく、ろくなものを食べていないせいか、足が重く、ペースが出ない。しばらく行くと、前回、印象的だった長いマニ・ウォールが残っていた(↓)あるいは地震で崩れた後で積み直したのかもしれない。
残っていたマニ石
キャンジン・ゴンパが近くなるが、やっぱりルートの印象がかなり変わっている。こんなだったかな?
右キャンジン・ゴンパ
11時、キャンジン・ゴンパ着。
キャンジン・ゴンパ着
ホテル・ビューポイント着。12時に昼食にパイナップルの缶詰を食べ、ホットレモンを飲む。午後は昼寝とスケッチ。
ホテル・ビューポイント
18時、夕食。チキンスープ、ビスケット、リンゴ。相変わらず食欲がない。葛根湯とバッファリンを飲んで寝る。明日は、いよいよ今回の目的地、モリモトBCを目指してランタン谷を北上する。

再びのランタン・ゴサインクンド Day5 ランシサ・カルカ2018/03/31 12:36

12月14日晴れ
5時起床。パッキング。すぐ取り出すものは上にして預ける荷物に詰め、ダウンジャケットなど暖かい服は自分のザックに入れた。今日からランタン谷を北上し、ランシサ・カルカで2日間キャンプするのだ。燃料のケロセンはカトマンドゥから運んできたが、テントはロッジで借り、私の荷物と一緒にドコに積んでルペシュくんが担いだ。スリーパスのときは重い荷物はお父さんが担いだから分からなかったが、こう見るとルペシュくんも頼りがいがあり、すっかり見直した。
7時にチャパティとオムレツ、ブラックティーで朝食。風邪が抜けない感じがするので、葛根湯を飲み、8時すぎに出発。
ドコに積んだキャンプ用具と私のザック
キャンジン・ゴンパを出ると、すぐランタン・コーラの河原に降り、ランシサ・カルカを目指して右岸(西側)を北上していく。
ランタン谷へ出発
河原に出るとすぐに渡河になる。スンくんが渡れそうなところを探してくれる。ハイカットのブーツなので足首くらいは濡れても大丈夫だが、濡れない方がいいに決まっている。
すぐ渡河
河原から土の道に上がって北上。カルカまではヤクの放牧に行く人が通る道がついている。
ランタン・コーラの岸を北上
ランシサ・カルカまでジャタン、ニンタンと、夏の間放牧する人が泊まる小屋の跡がある。ヘロヘロに歩き疲れた頃、日当たりのいい山の南斜面が見えてきたので、あの辺かと思ったらそうではなく、さらに、あの斜面の向こう側へ行くというのでがっかり。
ここかと思ったら、さらに奥だった
右の山がガンチェンポ(6387m)で、斜面の下の河原に目指すランシサ・カルカがある(ということは後で知った)。
この先です
ランシサ・カルカに着き、テントを設営(↓)。といっても、私は見ているだけで、全部スンくんとルペシュくんがやってくれた。感謝。
設営中
手前の大きいテントが私、奥のテントがスンくんとルペシュくん。テントの床にラバーシートを敷き、その上に防寒用シートを敷いて寝袋を広げ、湯たんぽを抱えて寝たのだが、それでも寒くて風邪をこじらせてしまった。今から考えると、初日からペースが上がらないあせりと食欲がないのとで、普段よりも体力を消耗し、マイナス思考になっていたのかもしれない。夕飯はスンくんが作ってくれたツナ・スパゲティを食べた。
キャンプの夕暮れ
ランシサ・カルカの遠景。2日間、私たち以外に人の姿を見ることはなかった。

再びのランタン・ゴサインクンド Day6 モリモトBC(敗退)2018/03/31 13:21

12月15日晴れ。
6時頃、明るくなってくる。上下ダウンを着て寝たが、ー7℃対応の寝袋ではやはり寒かった。ー20℃対応の寝袋を買わないと。7時30分にコーンフレークスのおかゆとミルクコーヒーで朝食。ふだんコーヒーを飲まないが贅沢は言ってられない。
ウルキンマンの朝日
8時45分いよいよモリモトBC目指して出発。私の心づもりでは、片道約2時間、500mの上りだから、楽勝のはずだった。が、歩き出してみると、まったく調子が出ず、ペースが上がらない。
さらに谷の奥へ
ランタン・コーラに注ぐ支流を渡る。ルペシュくんがどこからか見つけてきた板きれを渡してくれたので、そこから渡って、岩をよじのぼる。
再び渡河
休憩を挟みながら、のろのろと距離をのばしていくが、足が動かないうえ、気力もなくなる。出発して3時間もたったのに、まだ残り45分ほどの行程があると聞いて、ギブアップ。スンくんにカメラを渡し、写真を撮ってきてくれるように頼み、BCへ向かったスンくんとルペシュくんが戻るまで、写真を撮ったり、スケッチしながら待つ。
モリモトBC(推定)
そのときにスンくんが撮ってくれたBCの写真(↑)。ランタン氷河の向こうに見えるのはペンタン・カルポ・リ(6865m)だろう。
限界地点
ギブアップした地点でスンくんに撮ってもらった記念写真(↑)正面奥のモレーンを越えて左へ降りるとBCだが、今の私のペースでBCまで行ったら、片道4時間、往復では8時間となり、帰りに川を渡ったり、足下が悪いところを歩いたりすることを考えると、ここで引き返して、明るいうちにキャンプにたどり着いた方がいい思ったのだ。この判断は今も後悔していない(自分の状態が予想以上に悪かったことは後日判明する)
ブルーシープの群れ
帰り道、キャンプに近くなって、山の斜面にブルーシープの群れがいるとスンくんが教えてくれた。が、目が悪くて肉眼ではよく見えなかった。カメラの望遠なら何とか(↑)
河原に水を汲みに行くルペシュくん
15時キャンプ着。BCには着かなかったが、明るいうちに戻れたのでよしとする。ルペシュくんが河原に水を汲みに行き(↑)、
キャンプのかまど
16時半にチキンスープを飲み、湯たんぽ用にもらったお湯でアマノフーズのなめこの味噌汁を作って飲んだ。いつも用心のために日本食を少し持ってくるのだが、食べたのは初めてかもしれない。鼻水と咳が出るので、ビタミンC、アリナミン、バッファリンを飲んでおく。夜中にトイレに起きたついでに、誰もいない、真っ暗なランシサ・カルカで、ひとり星空を眺めた。

再びのランタン・ゴサインクンド Day7 キャンジン・ゴンパ2018/03/31 15:25

12月16日晴れ。
5時40分起床し、荷物をまとめ始める。山から吹き下ろしてくる風の通り道なので、風の音がものすごく、さすがに寒い。
キャンプ2日目の朝
7時にスンくんが作ってくれた韓国焼きそば(パスタに近い)で朝食。美味しいけどすごく辛い(ネパール人は辛党)。
朝ご飯の韓国焼きそば
キャンプの後片付けをして、8時すぎに出発。
キャンプの後片付け
帰りは450mの下りだし、歩いてきた道で勝手が分かっているので特に問題はない。
帰り道
またもや河原に降りてランタン・コーラの渡河。
再び渡河
13時すぎにキャンジン・ゴンパのホテル・ビューポイント着。手ぬぐいとタオルを洗い、ブーツを干して、サンダルに履き替える。13時40分、缶詰のマンゴーとホットレモンで昼食を済ませ、サンダルのまま散歩に出る。
キャンジン・ゴンパが見えた
村の名前の由来になったゴンパはほぼ無事だったが、周囲には地震で倒れた家屋が幾つもあり、青い屋根の仮小屋が並んでいて胸が痛んだ。
キャンジン・ゴンパ訪問
18時、ガーリックスープとヴェジフライドライスで夕食。相変わらず食欲がなく、残してしまい、ルペシュくんが剥いてくれたリンコを食べた。ロッジには英語の上手な中国人のおばさんと若い女性がいて、連れかと思ったら、別々にガイドのいる単独トレッカーだった。おばさんはアーシーさんといって、カリフォルニア出身の中国系アメリカ人でフランス人と結婚してパリ在住。若い女性は上海出身でデンマーク在住。アーシーは膝を痛めるまではクライミングをするほどのベテランで、ネパールは6回目。若い女性はいかにも初心者らしかった(アーシーとは山を下りてからカトマンドゥで再会することになる)。